Tomori
Katari — Story

三代の、灯。

A small kissaten,
kept alive by three generations,
in a back alley of Fukuoka.

1978年の夏、祖父が小さな扉を開きました。
それから半世紀、店は二度、灯を継ぎました。
これは、その三代の物語です。

Chapter One — 1978

路地に、
灯がともった日。

— A grandfather, opening a door.

昔の店内

祖父は、もともと珈琲屋ではありませんでした。長く船員として、世界の港を見て回り、五十歳のころ船を降りました。陸の生活に戻ってきて、最初に始めたのが、この店です。

場所を選ぶとき、祖父は表通りを避けました。「忙しい人は、表を歩く。疲れた人は、路地に逸れる」と言って、わざわざ細い通りの奥に物件を見つけてきました。

木の扉と、窓には磨りガラス。間口は狭く、内は深い。灯(ともり)という店名は、祖母が決めました。「灯は、ひとつでいい。みんなが寄り集まれば、それで暖かい」と。

“One light is enough.
If we gather around it, that's warmth.”

— 祖母の言葉、1978年

開店初日の客は、たった三人。けれど祖父は、その三人のために、二時間かけてサイフォンを温めました。豆を測り、火を入れ、お湯が登り切るまで、じっと見ていたそうです。三人とも、最後まで黙って一杯を飲み、何も言わずに帰りました。けれど次の日、また来たのです。

Chapter Two — 1995

母の、
サイフォン。

— The middle generation, the quiet keeper.

サイフォンで淹れる

祖父が亡くなってすぐ、母が店を継ぎました。母はそれまで店の手伝いを少ししただけで、本格的に立ったのは初めてでした。

母は祖父と違って、寡黙な人でした。サイフォンの前に立つと、ただ手だけが動く。お客との会話はほとんどなく、けれど、お客のほうがそれを心地よく感じていたようです。

母の代に、店の品書きが少し増えました。プリンとレアチーズケーキ、それからナポリタン。「珈琲だけでは、お腹が空いた人がかわいそう」と、母らしい理由で。

「お腹が空いた人が、
かわいそうだから。」

— 母、品書きを増やした理由

母は二十年、店を守りました。ある日、わたしに「もう、いいかな」と言って、エプロンを置きました。それが二〇一五年の春のことです。

Chapter Three — Now

いま、
わたしが守るもの。

— What I am keeping, here, today.

現店主

わたしは三代目です。母から店を受け継いだとき、いちばん最初に決めたのは、「変えない」ということでした。

サイフォンも、銅板も、祖父の代のまま使っています。テーブルの傷も、椅子の擦り切れも、母の代のまま。新しくしたのは、看板の電球だけです。

時々、お客様から「Wi-Fiはありますか」と訊かれます。ありません、と答えると、たいてい少し残念そうな顔をされる。けれど、そのままお茶を飲んでくださって、帰りには「久しぶりに、本を最後まで読めました」とおっしゃる方が、案外多いのです。

画面から、すこしだけ離れる場所。
それを、灯は守っています。

わたしの代で、新しく始めたことが、ひとつだけあります。週に一度、店を閉じたあとに、近所の小学生と本を読む会を開いています。祖父の遺してくれたこの灯が、夜の路地で、もう少し長く誰かを照らせるように。

夜の灯
Epilogue — For You

あの席、
あなたの席。

この物語の続きには、
あなたの一杯が、入ります。
奥のカウンターに、ひと席、空けてあります。

— Your seat, by the small light, is waiting.

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