「コーヒーって、苦いほうがコーヒーらしいよね」と、よく言われます。深煎りの、ガツンとくる苦味と香ばしさ。それが日本における「珈琲」の定義として、長く根づいてきました。私自身、そのコーヒーで育ちました。

けれど、いま私たちが取り扱う豆の半分以上は、浅〜中煎りです。深煎りの定番ブレンドはもちろん残しています。それでも、新しく取り扱う豆を選ぶときは、まず浅めに焼いて、その豆が持っている個性を見るところから始めます。

なぜ、深煎りが当たり前だった私たちが、別の方向を向くようになったのか。今日は、そのことについて書きます。

豆の個性は、深く焼くと消える

焙煎は、豆を熱で変化させる工程です。豆のなかにある糖、酸、香り成分が、火を入れるほどに分解され、新しい風味へと変わっていきます。

深煎りの過程で起こることは、ある意味で「同じ方向への変化」です。どんな豆も、深く焼けば焼くほど、ビターチョコ、キャラメル、燻香のような共通の風味に近づいていきます。これは深煎りの個性であり、悪いことではありません。けれど、その豆が産地で育んだ独自の味は、深く焼くほどに薄れていきます。

"Dark roast hides the farm.
Light roast lets it speak."

たとえば、エチオピア・イルガチェフェ。標高2,000mで育つこの豆は、本来ベリーや柑橘、紅茶を思わせる華やかな酸を持っています。けれど、これを深く焼くと、その特徴的なフルーティさは焦げの香りに上書きされ、ほかの深煎り豆と区別がつきにくくなります。

農園主が一年かけて育て、私たちが現地まで足を運んで選んできた豆の個性を、最後の数十秒で消してしまうのは、もったいない。そう感じるようになったのが、出発点でした。

「酸っぱい」は欠点ではなく、風味の一種

浅煎りの普及を阻む最大のハードルは、「酸味」のイメージだと思います。日本人は伝統的に、コーヒーの酸味をネガティブに捉えてきました。「酸っぱいコーヒー=古いコーヒー、悪いコーヒー」という連想は、いまもまだ根強くあります。

けれど、新鮮な浅煎り豆が持つ酸味は、果実が持つ酸味と同じものです。リンゴの爽やかさ、レモンの清涼感、ベリーの甘酸っぱさ。それらは「劣化」ではなく「個性」です。

むしろ、産地の標高、気候、栽培品種が良いほど、明るくきれいな酸が現れます。深く焼いてしまうと、この酸は苦味のなかに溶け込んで分からなくなる。だから、浅煎りは、農園のクオリティを試される焙煎でもあります。

とはいえ、深煎りも続ける

誤解のないように言うと、私たちは深煎りを否定しているわけではありません。むしろ、看板ブレンドの「焙ブレンド」は、深煎りで仕上げています。

深煎りには、深煎りでしか出せないコク、甘み、後味の重みがあります。それが好きな方は、たくさんいらっしゃいます。私自身も、夜にゆっくり飲む一杯は、たいてい深煎りです。

大事なのは、豆が持っているものを、最大限に引き出す焙煎を選ぶことです。深煎り向きの豆は深く、浅煎り向きの豆は浅く。その「合うところ」を見つけるのが、私たちの仕事です。

家で浅煎りを淹れるときの、簡単なコツ

もし「浅煎り、ちょっと試してみよう」と思ってくださったら、ひとつだけお願いがあります。普段より、お湯の温度を少し下げてみてください。

深煎りは 90°C 前後の高めのお湯で、しっかり成分を引き出すのが定番です。けれど浅煎りは、80〜85°C の少し低めのお湯のほうが、酸味が刺さらず、果実感の甘さが出やすくなります。

沸騰したお湯を、ドリッパーに注ぐ前に少しだけ別容器に移してから戻す。それだけで、ぐっと飲みやすくなります。よかったら、試してみてください。

そして、まずは新鮮な浅煎り豆から始めてください。古い豆ではなく、焙煎日が一週間以内のもの。私たちのオンラインストアでも、いつでもどうぞ。

今日のまとめ

深煎りは、深煎りで素晴らしい。けれど、産地の個性を引き出すなら、浅〜中煎りという選択肢もある。私たちは、その両方を、それぞれの豆に合わせて使い分けています。

コーヒーの世界は、思ったよりも、ずっと広い。
その広さを、ご一緒に味わえたら嬉しいです。